食事の時に,歳の話が出た。歳(とし)と年(とし)とでは、歳の方が古い数え方のようだ、というような話である。そこで、一つの言葉が浮かんだ。「年年歳歳花相似、歳歳年年人不同」。同時に、頭の中では、「?」。悪い癖で、そのままこの言葉を「素直に」味わうことができないのが私である。すぐ浮かんだのが「人は二度と同じ川に入ることはできない」というヘラクレイトスの言葉である。一方は、毎年毎年花が咲くように、自然は変わらないが、人はどんどん変わっていく。人の世の無常を詠嘆している。他方は、万物流転説である。あらゆるものが変化して不確かで、宛にならないが、「ロゴス」は、変わらない、というのである。自然を変わらないとみるか、変わるとみるか。だから、花だって同じではないのに、と「へそ曲がり」に思うのである。

そろそろ花の季節である。昔神学生だった頃、瀬田の庭に咲く沈丁花の花は、香り好く咲くが、試験花とも呼ばれた。その頃の試験の季節に咲くからである。同時に、灰の水曜日があり、四旬節の始まりの頃でもある。なんとなく気持ちが引き締まって、待降節以上に、何か犠牲をしなければと思う。ある意味で、自らの肉体を痛めつけることによって、善いものの訪れを待つのである。自虐的になっても、不必要に自らを痛めてもいけないが、善いもののために何かを我慢するのである。苦痛や不利益や障害があってはいけない世の中になっているために、こうした精神は、時代遅れとされてしまっているが、顧みて見る、見直してみる必要があるのではないだろうか。

キリストの生き方にあこがれ、キリストのようにいきたいと思った聖フランシスコは、自らを「アッシジから来た改悛者(贖う者:ペニテンス)」と呼んだ。実際、年に何日間も断食をしていたようだ。我欲を抑えるために、茨の中に飛び込だというエピソードもある。ラ・ヴェルナでは、岩屋で祈った。自らの身体を壊すほどであった。そうした人々が普通にたくさんいた時代だから、文字通りには、まねはできないが、気持ちは、理解で来るだろうし、同感や共感もできるであろう。四旬節に向かって、何か考えてはどうかな?、思う。

ところで、例の言葉は、古い漢詩の一節である。「洛陽城東桃李花、飛来飛去落誰家(洛陽の城東に咲き乱れる桃や李の花は、風邪に飛び散って誰の家に落ちていくのだろうか)」で始まる。今の季節である。中国では、桃や李、梨が花であるが、日本は、桜(ソメイヨシノ)であるから、感じとしては、あと二月ほど先の話になる。この老人が誰かは知らないが、「自分だって昔は、紅顔の美少年だったんだ(伊昔紅顔美少年)」というくだりがある。実際、作者は、琵琶の名手で、美男の誉れが高かったとか。ただ、作る詩がこんな感じで暗いので、あまり好まれなかったとか。本当は、同感して老いを感じつつ世の無常を詠嘆すべきなのだろうが、どうもユーモアを感じてしまう。

湯澤 民夫神父

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